晴美の独り言

索引

番  号 日  付 内    容 写  真
2429 11/12/31
(土)
もう大晦日

 年齢を重ねるに連れて1年がどんどん短く感じられるのですが、今年はめちゃくちゃ短く感じられました。東日本大震災まではブリテンの「戦争レクイエム」の練習に夢中になり、200人の合唱をバックに厚かましくもバリトン独唱も練習させていただきました。3月12日に演奏会が予定されていたのですが、大震災のため公演中止になってしまいました。
 震災後2,3ヶ月は余震が怖くてベッドでは眠ることができず、かなり不規則で健康にも悪影響を与えそうな生活をしていました。震災後はブラームスの「ドイツ・レクイエム」の練習に熱中していました。この曲はレクイエムといえども死者を悼むと同時に生き残った人に勇気を与える曲なのでタイミング的にはぴったしだったのですが、本番公演が11月とちょっと遅すぎる感じもしました。
 毎年6月に行っている健康診断で胸に影が写っており、7月に肺癌と診断されました。まったく自覚症状はなかったです。8月30日に開胸手術を受け右肺葉下を切除して肺活量はおよそ27%減少しました。病理検査の結果肺癌のステージは2Aと下されました。手術後の回復ぶりも自分でも驚くほど順調でした。ステージ2Aでは術後補助化学療法というのを受けるのが一般的です。いわゆる抗ガン剤治療です。3〜4週間の入院、1〜2週間おいて再度入院を4回繰り返す予定です。9月以降は6〜8割は入院生活です。これは来年3月か4月くらいまで続きそうです。来年前半は闘病生活が続きそうです。後半は驚異的な復活を遂げるつもりです。
 入院生活は超退屈なのですが、それでも肺癌宣告以来あっという間に時間が経過したように感じます。
 早いですね〜、もう大晦日です。激動の2011年でした。
 
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2428 11/12/30
(金)
いろいろな患者

 長く大部屋に入院していると驚くような症状の患者を知ることが多い。
 患者と医師の会話
「いや〜、驚きました。普通は心拍数40以下になると危険で30以下だとすぐに処置しなければならないのです。xxさんの場合、来られたときは20前後で実は我々スッタフ内では大変でした。このままでは止まってしまうのではないかとも思えたのですが、予想外にお元気になさっている。とりあえずは緊急処置をベッドサイドで行わせていただきました」と医師
「脈拍20前後のときはそれほどもクラッとするようなこともありませんで、普通にも会話できていました。ただ、ベッドから立ち上がると若干立ちくらみ感はありました」と患者
すんげぇ〜、脈拍10〜20でも平常に近い状態でいられるなんて・・・・。私の場合、抗がん剤治療中は薬などの影響か高血圧気味だった。平常時よりも最高、最低血圧は共に30位高くなっていた。130〜80程度だ。心拍数は若干高めになっており、運動量に応じて心拍数の変化が平常時よりも大きいような気がする。安静時でもまず心拍数が60以下になることはない。
 私よりも更に入院日数の多い患者のHさん。病名は忘れたが難病らしい。東京都のが指定する象難病のひとつらしく、かなり治療補助金が出されているらしい。点滴の薬剤も相当高価らしく1回分で100万円以上もするらしい。Hさん共々日本の医療制度のありがたさを感じている。
 私も今の入院は肺癌治療という名目だが、自覚症状は無いが間質性肺炎も患っているということだ。この病気も国が指定する難病のひとつだったと思う。色々条件はあるのだろうが補助してもらえるのかチェックしておこうと思う。
 
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2427 11/12/29
(木)
格付け会社

 ムーティーズやS&P社などは私とは殆ど無縁だが、個人的には迷惑な存在だと思っている。単に投資家に対する情報提供会社として機能していれば良いものを格付け結果を世の中に公表してしまう。世界共通の厳密な格付け規則が存在するわけでもなく勝手に国家や、会社を格付けしてしまう。この情報に振り回される人々が多いため格付け会社の影響力は大きくまた社会的責任も大きいと思う。恐らくこれだけ大規模になれば巨大な利権などの動きもあろうかと思う。こういった格付け会社をのさばらせているのは金に貪欲な金融関係者の策略ではないかとも思ってしまう。
 もう少し私に近い分野での格付け。ネット上で病院ランキングというのを見つけた。これも人々を惑わせる格付けだと思う。手術数の多い病院ランキング、大体大規模病院ならば多いのは当然だ。手術成績の良い病院、何をもって手術実績というのかはわからない。癌患者などは手術で助かる見込みの大きい患者しか受け入れない病院ならば手術実績が良くなるのは当然だ。入院期間が短い病院、いかにも入院日数が少ないほうが良いような感じがするが、これも怪しい。私のように抗がん剤治療を受けている身だとしばらくは体の抵抗力が下がり続ける。おおよそ3週間で良くなる傾向らしいが、これがまだ下がり続けている状況で退院させられたならば大変危険だ。感染症が非常に恐ろしいのだ。
 大抵の公表されているランキングの場合、前提条件とか格付けルールが明確でないものが多い。つまらない、いや庶民をヘンに誘導するような情報が多すぎるような気がする。昔と比べ現代人は自ら考える能力はかなり低下していると思う。自らの思考能力の低下した人々に受け入れられやすいような劣悪な情報は減らしたいものだ。
 
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2426 11/12/28
(水)
生命運
 
 今までにジャンボ宝くじは数千枚は購入したと思う。つくづく金運は私にはないのだと思う。これだけ購入して最高当選額は1万円が1回だけだ。ジャンボ宝くじは昔は毎回50枚づつ購入していた。50枚連番で購入すると3000円が当たる確率は50%なのだ。確率50%なのでいつも運試しのつもりで50枚購入していたが、どうも3000円が当たった割合は50%以下のような気がする。ホント、金運とか名声運とかは私とは無関係なのだ。自ら積極的に求めようとしなかった生き方だったので、これが確率を低くしているのかもしれない。運命は自ら手繰り寄せなければならないのかもしれない。
 私のこれまでの人生、「運の無い」感じだったとは思うが生命運に関しては抜群に良いような感じがする。今回の肺癌、辛うじてというかぎりぎりのタイミングでセーフを勝ち取ってきたような気がする。まずは6月の定期健康診断。1ヶ月遅れていたら多分手遅れだったろうと思う。手術時期、病理検査による癌細胞の大きさ、殆ど胸膜に達するまで増殖していたが、右肺葉下内だけに収まっていたようだ。リンパ節転移、これもどうもぎりぎりのタイミングだったようだ。1ヶ月、あるいは1,2週間遅れていたら・・・? と思うとぞっとしてしまう。
 時間的な運の良さのみならず、周囲の人々の運の良さも実感する。かかりつけのクリニックの医師の紹介で精密検査および手術等を行っていただいた社会保険中央総合病院、施設充実、医療スタッフ優秀、これも大変運が良かったと思う。
 
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2425 11/12/27
(火)
内科と外科

 ある医師の方が話されていたのだが一般的に内科と外科は仲が良くないらしい。私がお世話になっている病院でも当初は呼吸器内科で検査等を受け、ここでステージTの肺癌(腺癌)と告知され、手術可能というので以降は呼吸器外科で診てもらうことになった。
 初めて呼吸器外科に外来で受診したとき、内科で入力された私の電子カルテは閲覧可能な状況になっていたが、どうも呼吸器内科と呼吸器外科とが緊密に情報交換や共同検討が行われているようには思えない雰囲気だった。病院のパンフレットには「各診療科が互いに緊密に連絡を取り合い・・・」とは記載されているものの、実態はそうには思えない。
 今は肺癌開胸手術の延長としてガイドラインに沿って術後補助化学療法を呼吸器外科で受けているが、個人的には内科、外科どちらで面倒をみていただくのが良いのか分からない。またこういった悩みを現在面倒をみていただいている主治医や担当医にも話しづらい。
 病院のパンフレット通りに内科と外科の専門家が一緒になり私の治療方針を決めていただくのが一番ありがたいのだが・・・。
 
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2424 11/12/26
(月)
抗がん剤治療

 第2回目の術後補助化学治療(いわゆる抗がん剤治療)を受け退院してきました。私の肺癌は病理病期2Aというので治療ガイドラインに則り標準的な治療を受けています。転移しているかもしれない癌細胞を撲滅させるため抗がん剤としてシスプラチン+ナベルミンと呼ばれる2種類の抗がん剤を点滴します。私の場合、4週間を1治療単位として第1週にシスプラチンとナベルミンを約10時間かけて点滴を受け、第2週にはナベルミンのみの点滴を受けます。癌細胞撲滅と同時に私の正常細胞なども大打撃を受けます。残り2週間で体力の回復を待ち退院となります。1〜2週間の退院期間を経て、また入院し抗がん剤治療を受けます。これを合計4回繰り返します。
 体力的には抗がん剤治療を受ける直前がベストだと思います。それにしても一般に癌患者の方はこの抗がん剤治療による副作用の苦しさに耐えるのが大変なようです。とにかく副作用があるのです。私の場合、副作用は極端には現れなかったようです。医師に「私って、ものすごく忍耐力があるから副作用を余り訴えないのですか?」と質問すると即座に「それはありえません」とはっきりと笑いながら答えられました。副作用が顕著に現れないということが良いことなのか悪いことなのかは私には分かりません。最近は副作用を軽減させるための処方がかなり進んでいるようです。点滴や内服薬で色々な副作用を軽減しています。入院中は毎日薬漬けの日々となります。朝食後、昼食後、夕食後、寝る前と毎日20錠前後の薬を服用しています。
 私の場合、目だった副作用といえば、強烈な便秘、循環器系の不安定さくらいでしょうか。循環器系の不安定さというのは異常血圧変動、異常心拍数などです。安静時の私の最高血圧は100強程度なのですが、治療中は170にもなりました。心拍数もちょっとした運動で心拍数が急激に増え心臓に負担をかけているような気がします。
 入院中は全患者中、私が一番健康そうに見える元気な患者の感じですで、健康上問題ないように感じることもありますが、実際に街の中に出ると自分の体力不足、色々な体調異常をひしひしと感じます。風邪で高熱になったとき時くらいしか感じなかった健康のありがたさをつくづく感じます。
 今は身体の抵抗力がかなり低下していると思われるのでしばらくはできる外出は控えておこうと思っています。
 
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2423 11/11/30
(水)
第2回術後補助化学療法

 今日からまた入院です。およそ1週間前に退院し、雑用に追いまくられながらもシャバの生活を満喫していたのに再び入院です。今回も3〜4週間の入院期間が予定されています。まるで夏休みが終わりまた学校へ通わなければならない小学生の心境、あるいは経験はありませんが仮出所後、再び刑務所に戻らなければならない受刑者の心境です。
 日増しに体調が恢復しつつあるのを実感しているのに、再び抗ガン剤治療で私の身体を痛めつける、憂鬱です。第1回の経験から抗ガン剤(シスプラチン+ナベルビン)を点滴されると便秘、胸焼け感、身体のあちこち特に胸周辺の局所的かつ断続的な痛み、発熱、体温変動の拡大、白血球、赤血球、ヘモグロビンや好中球数減少による抵抗力や運動能力低下などの副作用が私には出るようです。37℃以上の発熱で怯える私、ちょっぴり怖いです。こういった副作用の他、入院生活の猛烈な退屈さ。入院経験を重ねる毎に退屈しのぎや病院生活の要領などを学習し改善はしていますが、それでも憂鬱です。
 この1週間のシャバ生活はとても充実していたと思います。考えてみれば、恐らくタイムリミットが引かれ限られた時間しか自分には与えられていないからこそ充実した生活が送れたのではないかと思います。これはステージUAの肺癌と告知され現在の医療水準では私の5年生存率は50〜70%程度と以前よりも少しはタイムリミットが厳密になりつつあり、より自分の時間を大切に過ごさなければならないという想いと共通しているのでしょう。と、一応前向きには考えています。とはいえ余命1ヶ月なんて宣告されると私の場合は恐らく泣き叫び狂わんばかりになると思います。
 病院内ではインターネット接続できないため次回の更新は退院後となります。それでは行って来ます!  あ〜ぁ、やだ〜。
 
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2422 11/11/29
(火)
ソリテリア
 
 術後補助化学療法で医師から入院期間は3週間程度と言われていた。看護師達も3,4週間が普通と話していた。抗がん剤治療で3週間も入院することはまずないさ・・・、せいぜい長くても2週間程度だろうとたかをくくっていた。でも前回の手術入院経験から退屈しのぎのためにDVDプレイヤーとDVD100枚、パソコンを持って入院した。術後補助化学療法が3週間もの長期入院になるのはその副作用のためということを入院中に悟った。副作用で体のあちこちが痛んだり、吐き気や食欲不振にもなり一番恐ろしいのは白血球数や好中球数減少により身体の抵抗力がかなり落ち感染症にかかりやすいためだ。私の場合、風邪などにかかり間質性肺炎が急速に悪化すれば命取りになってしまう。入院中は徹底して感染症対策を行ったつもりだ。そのためベッドで寝ている時間が非常に長く持参した100枚のDVDも1週間で全部見てしまった。退屈しのぎにホームページ作成やパソコンに標準的にインストールされているゲームをプレイしていた。一番沢山プレイしたのがトランプのソリテリアというゲームだ。何か縁起かつぎのような感じで楽しんでいた。ゲーム成功したときは何か良いことが起こるような、何回プレイしても成功できないときは体調が悪化するのではないかとヘンにゲンを担いでしまう。入院中ゲーム機(ニンテンドー3DS)も購入したが、小さな画面で長時間プレイするのは健康上大変悪そうだ。またベッドで横になって長時間プレイするのも結構疲れてしまう。ゲーム休憩中にパソコンで遊ぶ。ホームページ作成も病院という限られた場所ではすぐにねた切れになってしまう。で、ソリテリアをプレイすることになる。毎日2,30回はプレイしていたと思う。
 
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2421 11/11/28
(月)
最近のゲームソフト

 入院中余りにも退屈なので、外出許可をもらい携帯型ゲーム機とゲームソフトを買いに新宿へ出かけた。元々私は携帯型ゲーム機には殆ど興味がなかった。あんな小さな画面でチマチマと指を動かしながらゲームを楽しむには抵抗感があった。携帯電話に内蔵されているゲームも少しはプレイしたがつまらなさすぎる。とはいえ入院生活の退屈さはもう我慢の限界に達していた。
 携帯ゲーム機はソニーのPS Vitaと任天堂の3DSの両候補があった。Vita は最近発売されたばかりのゲーム機だが、機能が多くてお値段も高い。で、任天堂の3DSとドラクエを含むRPG3本を購入した。
 大急ぎで帰院しゲームを始めてみる。はじめてゲーム機でめがね無しでの3D映像に驚く。DSもインターネットを前提とした仕様になっているようだ。PS3やWiiも含めここ最近のゲーム機はインターネットを前提としているのが多いようだ。自宅ではPS3インターネット接続はしているが、ソフト購入などの必要最低限度のダウンロードにしかネットは利用していない。ネットを通じていろいろな人とゲームを楽しんだりコミュニケーションを試みようなどとは全く思わない。ネットでの人との交流、所詮相手の素性など殆ど分からない。会話しても内容が余りにも薄すぎる。ゲームを一緒に楽しんでも殆どの相手はマナーが悪すぎる。ネットを通じてのゲームなどは私には全く興味がない。
 にもかかわらず、ドラクエ9でさえネット前提にデザインされているようだ。ネットを前提とした開発は結構手間がかかりそうに思える。こんなのに開発エネルギーを注ぐならばゲーム内容そのものを良くして欲しいと思う。オンラインを通じてネット上で交流している人々はよほど人付き合いが苦手なのかと勘ぐってしまう。あるいは考えが浅はかなのかと思ってしまう。
 私はネットは調べごとに頻繁に利用しているが、ネットを通じて友人の輪を広げようなんて妄想は抱いていない。メールは嫌いだ。手紙よりは便利なのでメールはそこそこに使って利用はしている。メールする位ならば電話で相手と直接話す方が好きだ。またビジネス場面で交渉事などは声だけでなく相手の表情などを観察できるので電話よりも直接お話しする方が好きだ。ルーチンワーク的な内容はビジネス場面では勿論メールも電話も大いに利用すべきとは思うが、より高度な内容の場合には直接話した方がはるかに効率が良いと思う。
 話は脱線してしまったが、ゲームソフト開発現場は今一度原点に立ち戻って欲しいと思う。ネット前提や、攻略本などが無ければゲームを進行できないようなゲームは一部のゲーム愛好者を惹きつけるだけで多くの過去のプレイヤーを失っていると思う。
 ドラクエもドラクエ5か6頃までは本当に面白かった。途中3次元表示になり操作性の面倒さで少し興味が薄れてしまった。以前のような2次元で更に操作性がよくなるだけでよかったのだ。ストーリなども大きな構想ではそれぞれのドラクエで異なるが、ある程度細かい部分になるといつも同じパターンだ。これでいいのだ。ドラクエの魅力はその壮大なストーリ性、遊び心、スケール感だと私は思っている。画面の美しさなどもある程度は必要だが、私にとってゲームはゲーム制作者とあたかも会話を楽しみながら感動と夢を共に仮想世界の中で追い求めさせてくれるのが理想なのだ。
 
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2420 11/11/27
(日)
外科病棟にて

 今年6月以来肺癌の疑いがもたれてからずっとお世話になっている社会保険中央総合病院、検査、手術、術後補助化学療法(抗がん剤治療)など、何回か入院している。最初は呼吸器内科にお世話になったが、手術可能と判断されて以来、呼吸器外科にお世話になっている。呼吸器内科と呼吸器外科では病棟の階が異なるようだ。
 私は8階西病棟、よく分からないが、ここは全身麻酔の手術対象患者や、手術後の患者が集められている階のようだ。一番患者っぽいのは私の見たところ肛門科の患者さん達だろうと思う。かなり痛みに耐えいかにも苦しんでいるという感じがする。でも肛門科の患者は殆どが3,4日の入院だ。東病棟には整形外科の患者さんも多いようだ。この患者さん達は比較的入院期間も長いようだ。
 患者の年齢層、20代の若者もいる。難病に悩んでいるようで何となく表情も暗くとっつきにくい。40代、50代の働き盛りの患者さん達は入院中も仕事が気になっているようだ。見舞いも仕事関係の方が多いようで仕事がらみの会話が多いようだ。年齢的には60代、70代の患者が一番多いのではないかと思う。
 80代以上の患者もいるが、何となく終末医療のような感じがする。失礼ながら殆ど認知症状態だ。食事時はナースセンターに連れてこられ看護師の助けを得ながら食事をしている。殆ど無口だ。病室でも殆ど寝たきりの状態でまるで植物人間のような感じだ。私も肺癌と告知され「自分の死」を真面目に考えざるを得ない状況になった。「死」とはどういうことなのだ? 今のところ私は「死は空間も時間も存在しない『無』」と思っている。現世の価値観で「自分の死」を考えようとするので「考える事自体が恐ろしい」とに思い込んでいるのだと思う。同時に「人生とは?」など色々哲学的思索に耽る時間が多い。病棟の殆ど認知症状態の高齢者の患者の方々、経緯は分からないが、恐らく自分の「人生の終末」について十分考える余裕もなく認知症状態になられたのではないかと思う。こういった患者の心の中は汲み取れないが、もし自分をその立場に置き換えて見たらと考えると、おそらくもう「生」への執着は消えていると思う。旅立つ心の準備はできていると思う。非常に酷ではあるが、人間誰しも受け入れなければならない「自分の死」、認知症が重症になる前にある程度は心の準備をしておき周囲のサポーター達になるべく負担を掛けず「尊厳ある死」を迎えたいと思う。
 
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2419 11/11/26
(土)
独居房での食事

 10月24日より3週間前後の入院予定で第1回目の抗がん剤治療を行っていた。
 それにしても入院生活は超退屈だ。今回の入院ではパソコンや携帯型DVDプレーヤー、DVD100枚程度持って入院したが、100枚でも足らない。体力や免疫力がかなり弱っているので階段のぼり等の過度なリハビリもできない。
 きれいな新宿の高層ビル群を眺めながら病院食を食べていた。。抗がん剤の副作用としての便秘と食欲不振で余りおいしく朝食を食べることができない。とはいえ、今のところ「食べなくては。。。」という思いから殆ど全て平らげた。
 経験はないが、メディアを通じての死刑囚の独居房と今私が暮らしている病室とは若干類似性があるように思う。死刑囚はいつ処刑が執行されるかと怯えながら食事している。私も今のところ5年生存率は60〜70%とある程度死刑判決が下されたようなものだ。今日もそれなりに美味しく病院食を食べることができるが、もしかすると副作用が強烈になったり癌細胞が暴れまくって食事を楽しめなくなるのではと若干不安を感じながら食事している。
 見晴らしの良さ、空調、照明設備などは断然病室の方が優れているとは思うが広さは恐らく大差ないと思う。一人寂しく与えられた食事を食べるのも独居房囚人と似ているような気がする。病院食はそんなに不味くはないが、それでも全部食べきるので精一杯だ。やはり食事は気心しれた友人たちと楽しく会話しながら食べるのが一番美味しく、また食欲もそそると思う。ホント、知人とバイキング料理などを食べに行くと必ず私の体重は平常よりも1kg以上重くなってしまっていた。
 幸せ、人によりいろいろ感じ方は異なるのであろうが、親しい人たちと楽しく会話しながら料理を楽しむというのも素晴らしく幸せなことだと実感した。更に思い返せば、昔一家団欒で家族と鍋を囲みながら子供たちと会話していた頃が無茶苦茶幸せな時期ではなかったかと思う。
病室からの眺め。ここからは今休団している合唱団の練習会場もみえる。毎週金曜日夕方あそこで練習しているのだな〜、と早く一緒に歌えるように恢復をを祈っている。
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2418 11/11/25
(金)
死の受容

 一昔前ならば、このようなテーマは考えることすら忌み嫌い恐れていた。今肺がん患者と宣告され私の5年生存率は恐らく50〜70%程度だろうと推測され、死を受け入れる精神的支えを構築せざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
 入院生活は実に暇で退屈だ。時間をもてあましすぎてついつい色々と瞑想したり、思索したり、近未来の計画を立てたりと思考回路を活性化する機会に恵まれる。
 「自分の死」こんなテーマ、まさか、ここで取り上げるようなテーマになるとは想像すらしていなかった。
 人間以外の動物は、生存本能はすごいが、いざ自分の「死」を悟ると、実に美しく死に行くそうだ。昔ドキュメンタリー番組で観たライオンに襲われた草食動物が死を覚悟したときの表情が実に達観したような表情に思えた。おだやかな表情なのだ。飼い猫の死に様もすごいらしい。猫は自分の「死」を悟ったとき美しい死に場所を見つけ美しく死んでいくそうだ。
 で、人間の場合はどうなのか? 殆どの人は自分の「死」に恐れおののいていると思う。私もそうだった。今もそうだ。
 いざ、現実に自分の「死」が接近してくるとまじめに考えざるを得なくなる。命とは、人生とは、自我とは?と解決案など見出せそうにもないテーマについて考えて、「死」の恐怖から逃れよう、自分の「死」を受容するための土台作りをしようとする。
 私は昔から、自分にとって一番大事なものは「自分に与えられた時間」だと思ってきた。富や名声や支配欲などは殆どない。2度の全身麻酔を経験して若干でも「死」を受け入れる心構えが醸成されたのかもしれない。私にとって「死」とは「無」に帰することだと思っている。全身麻酔と同じかどうかはわからないが、全身麻酔をかけられている間は私の脳は生体維持の最低限の機能は働いているようだが、自我というか私の意識は全くない。その間は私にとって空間も時間も存在しない無の世界なのだ。
 自分の「死」は怖い。なぜ怖いのか? この世に存在している自分の意識がこの世に未練を持ちすぎているからではなかろうかと思う。私の死生観は誰しも死ねば意識や自我のないただの無機物になるだけと思っている。それゆえ、自分の死後に富や名声を残したいなんて現世の欲望なんてあほらしすぎると思っている。歴史に名前を残したい?キリスト、ソクラテスとかケネディ、私たちは歴史上重要な人物だったということは知っているが、長い人類、生物、地球、宇宙の歴史的時間から比較すれば歴史に名を残すなんて殆ど価値あるようには思えない。そういった著名人が死に直面したとき「歴史に名を残せた」という現世での価値観による自己満足に過ぎないと思う。
 
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2417 11/11/24
(木)
感染症対策

 こんな肺癌で入院する羽目になる以前は私は健康にはかなり自信があったつもりだ。過去の健康診断では検査項目の殆どがA評価だった。偏った食生活、不規則な生活リズム、長年にわたる喫煙歴(喫煙指数1000以上なのだ)、それでもかなり健康状態は良かったつもりだ。微熱程度はあるが殆ど風邪もひいたことがない。外見とか運動能力などは見劣りするが、体の内部は超一流だと自負していた。もしかすると自分は超人か?などと思い上がることもあった。
 でも今回の肺癌手術で自分も普通の人間であることを痛感させられた。手術直後の回復状況も素晴らしかったように思うが1週間後には発熱してしまった。退院直前にはリハビリも順調でもう以前と変わらないよと思えるほどだったが、いざ退院して朝の通勤時間帯に歩くと一般通勤者と同じように歩けなかった。退院直後人が沢山集まる場所に顔を出したりしていたが、これも慢心だったと思う。手洗い、うがいは昔よりはかなり厳密に行うようにしていたが、軽く感染症と思われる発熱を招いてしまった。明らかに以前よりは体の抵抗力が弱っているのを自覚させられた。
 病院内では医療関係者は半数程度の方がマスク着用で業務に当たられている。患者でマスクをされている方は1割以下だ。手術直後の抵抗力が極端に弱っている患者の方々、もう少し感染症対策に気を使われた方が良いと思う。
 私の場合、手術後は入院中も含め、人が沢山集まるところへ行く場合は必ずマスク着用(ただし合唱練習のときはさすがにマスクははずしている)、帰宅すると必ず洗剤を用いて手洗いとうがいを行っている。入院中も同様だが、入院中は特に抵抗力が弱いため、食後すぐに歯磨きとうがいを行った。歯磨きも歯医者に指導を受けた磨き方で基本的には口内には食べかすや細菌類は皆無に近くする磨き方を行う。歯磨き後、更に奥まできれいにするためうがいをする。患者の中でも感染症対策に関してはかなり徹底していた方だと思う。
 よくよく考えてみれば体内に細菌などが侵入するのは口と鼻が殆どだと思う。私たちの身の回りには感染源が非常に多く、常に口とか鼻経由で入り込んでいると思う。胃の方に入り込んだ感染源は強力な消化液などでかなり除去されるのであろうが、肺に入りこんだ分はかなり無防備状態だと思う。発病しないのは体内の白血球などの働きにより防御されているのだろう。
 
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2416 11/11/23
(水)
TPP

 11月3日付け産経新聞朝刊に伊藤元重東京大学大学院教授のTPPに関するコラムが掲載されていた。教授は現在の国会やいわゆる有識者等の議論は対症療法に過ぎないということなのだが、まったく同感だ。今日本は全身の臓器不全状態だと思う。TPPは確か24のテーマについてルールを定めようとする会議だと認識しているが、今の日本でTPPに関して報道される内容は、国内農業が壊滅的被害を受ける、貿易関税障壁が日本の輸出入に足かせになってしまう・・・等、24のテーマのひとつをその分野に特に詳しい分野が大騒ぎしているだけにしか私には見えない。恐らく多くの国民は、現在の惨憺たる日本の現状を理解し、もはや対症療法ではどうにもならないと思っているのではなかろうか。もうそんな個別の各分野の損得勘定や票勘定を土台にした議論に関しては辟易していると思う。多くの国民はもっと長期的な日本のビジョンを示して欲しいと願っているのではなかろうか。日本のグランド・デザインを渇望しているのだ。
 今の政治屋達は本当にスケールが小さいと思う。なぜか?恐らく小選挙制の弊害とか、過去の日本の日教組主導の権利意識とか歪んだ平等意識教育の悪影響ではないかと思っている。何人かの若い官僚を知っているが、彼らは本当に優秀だと思う。若い彼らに省意識を外し率直な意見を吸い上げると少しは日本のグランド・デザインが可能になるのではとも期待している。彼ら若い頭脳を活用できそうな政府首脳が今のところ見当たらない。とても残念に思う。今の政治屋達は票集めしか興味がないのか? まっ、こんな日本になってしまったのはマスコミの劣化も大いに影響していると思う。このマスコミをここまで堕落させた政府のマスコミ懐柔策も腹が立つ。
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2415 11/11/22
(火)
術後補助化学療法

 10月24日から術後補助化学療法のため入院しておりました。今日退院したばかりです。8月30日の開胸手術で癌の大きさが3cm以上の7cmもあったことと他への転移が見つからなかったとの理由で病理病期はUAと判定され治療ガイドラインにのっとり術後補助化学療法をしばらくは受けることになります。術後補助化学療法とはいわゆる抗がん剤治療のことで、癌の種類により効果がかなり認められるものと大した効果は期待できないものがあるそうです。私の場合、5年生存率が10%程度向上するといわれているシスプラチン+ナベルミンという抗がん剤を点滴されました。
 この治療を受けることになるのは知っていたものの、これだけ長期間になるとは思ってもみませんでした。よく抗がん剤治療の副作用がつらくて治療を断念する患者が多いとも聞きますが、私の場合、耐えられないほどの副作用はありませんでした。せいぜい軽い発熱、胸周囲の局所的な痛み、便秘、腹痛程度でした。事前にネットでは調べていましたが、実際にどの抗がん剤が使用されるかは知りませんでした。ネットで調べると殆どが大袈裟に副作用のつらさが強調されているような気がしました。
 私の場合、自覚症状はありませんが間質性肺炎を患っている、過去に結核を患ったという理由で入院中は間質性肺炎が急激に悪化することがないよう祈るばかりでした。間質性肺炎は急速に悪化すると2,3ヶ月で死亡に至るという恐ろしい病気なのです。中学生の頃から喫煙習慣がついてしまったことを大変悔やんでいます。
 今回受けた化学療法は原則3週間を1サイクルとして4回連続で行われるのがより効果が高いそうです。副作用の現れ方により3週間のサイクルは長くもなります。今回の入院は4週間強、やっと
退院できたかと思うと1週間後には2回目の術後補助化学療法で入院しなければなりません。退院間もない今、多分私の抵抗力はかなり低下していると思われます。退院しても余り無理はできず、また感染症予防のためにも多くの人が集まるような所へは行けません。僅か1週間の退院期間、かなり多忙になりそうです。
 予定通り治療が進むと来年3月か4月頃には終了し、色々活動範囲を広げることができるようになりそうです。
 
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2414 11/9/24
(土)
新宿御苑

 肺癌手術で右肺葉下切除で肺活量は約26%減少し、肺機能リハビリ中だ。リハビリには歩くことが大変効果あると多くの医師が薦めて下さる。先日のコーラスの練習で起立した状態で歌うと5分程度で少しふらつき感が出てしまい、肺機能低下を痛感させられた。入院中もトレッド・ミルと呼ばれるウォーキング・マシンでリハビリに励んだが、歩行中に声を出すと酸素飽和度がかなり下がってしまうことは分かっていた。酸素飽和度は95%以上が正常で、私の場合、退院時には安静状態で97〜98%であったが、歩行中に30秒前後声を出すとたちまち90%近くまで下がり、苦しくなってくるのを自覚していた。
 我が家から新宿御苑までは徒歩5分前後。入園料は確か200円だったと思う。新宿のど真ん中に森林浴可能な立派な公園がすぐ近くに存在するというのは大変有り難い。毎日ここで森林浴も兼ねて1時間前後は歩きリハビリに励もうと決心した。毎日200円の入園料はきついので2000円の年間パスを購入した。これで今後1年間は新宿御苑は自分の庭のように自由に散策できることになる。
 早速、園内散策した。野球帽にブラウン系のサングラス、それに大きなマスク、実に怪しげな出で立ちだ。こんな格好で銀行に行くとヘンに疑いを掛けられそうだ。森林浴も目的のひとつなのになぜ何故マスクをするのか? 小さな虫や細菌などをを吸い込むのが怖いからだ。とにかく今は肺炎などの合併症や感染症が怖いのだ。ブラウン系のサングラス、これは緑豊かな自然を楽しむときには実に美しく見えるからだ。
 頑張るぞ〜、癌なんかに負けるものか・・・。
 
新宿御苑とDocomoタワー

 都心のどまんかにこんな広大な緑があるのは有り難い。
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2413 11/9/22
(木)
体力低下

 病院内では比較的順調な回復で退院時にはある程度自活できる程度の体力回復していたつもりだが、実社会に戻るとさすがに厳しい。退院の翌日、合唱の練習に出かけた。自宅から約500m先の練習会場だ。徒歩で向かうが、以前の速さでは歩けない。以前と同じ速さで歩こうとすると息が切れてしまうのだ。
 練習会場では、指揮者の方を始め無事生還できたことを祝福して下さった。とても嬉しい。練習開始の発声練習、声の持続時間がかなり短くなったように思う。私が一番、早く声を出せなくなったのではないかと思う。
 ブラームスのドイツ・レクイエムの練習が始まった。いきなり第3曲目、冒頭からバリトン・ソロがある。あつかましくバリトン・ソロ部分を歌わせていただく。声の響き、艶などは以前とどのように変わったのかわからない。入院中に子守歌替わりに聴いていた市販のドイツ・レクイエムのCD、これが、演奏途中無茶苦茶テンポを変える演奏で、下手にこれを覚えてしまうとリズムがガタガタになってしまう、私にとっては有害CDだ。これを入院中に聴きすぎて頭にテンポ感がこびりついていたのと、ブレスが続かないので、全く余裕の無い歌い方になり、テンポもぶちこわしにしてしまい、大変恥ずかしい思いをした。
 本番ステージではおよそ70分立った状態で歌うことになると思っている。練習時、立って歌ってみたが、5分で頭がクラクラときてしまい、立った状態では歌えなくなってしまう。入院中のリハビリ時、声を出しながら歩くのはとても苦しい、極端に体内の酸素取り込み量が減ってしまうのだ。多分、これと同じなのだろう。本番は11月中旬だったと思うが、本当にこの時期までに回復できるか自信がなくなってしまった。本番ステージに出演できないかもしれないという不安がよぎる。
 リハビリには歩くことがとても効果的らしい。新宿御苑の外周を歩いてみた。合計3〜4000歩程度だろうか。いつもよりは歩く速度はやや遅い。緩やかな上り坂では息がきれてくる。やはり病院内の廊下とは全く異なる。現実社会は厳しい。
 
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2412 11/9/19
(月)
開胸手術

 8月29日入院、30日手術、9月19日退院しました。
 手術前日の8月29日、執刀医から手術についての説明を受ける。過去結核を患ったことがある点、長年の喫煙習慣により、間質性肺炎や肺腺維症、肺気腫があるためやや面倒な手術となるとの話。術中死亡率1%、肺腺維症が急速に悪化すると死亡率50%、間質性肺炎も悪化すると危険と無茶苦茶恐ろしい説明をされる。でも仕方がない、手術同意書に署名する。眠剤を服用し早めに就寝。
 翌30日。勿論食事や飲食は禁止だ。午前9時頃、看護師に付き添われ手術室に向かう。手術室入口。まるで絞首台に連行される死刑囚の心境だ。横の小さな通用門風のところから手術部に入る。小さな小部屋で着替えをする。手術室への扉の手前で患者確認を行い、いざ手術室へ。いくつもの手術室があるようだ。興奮していたためかよく観察出来なかった。自分で手術台に横たわる。背中に麻酔剤のチューブを差し込まれる。まだ意識はある。手術室を観察する。ドラマ「医龍」にでてくる手術室ほど立派な感じはしない。いろいろなところに点滴などのチューブやモニター用の器具が私の身体に装着される。笑気ガスのマスクが眼前に現れた。いよいよだ・・・・。うぇ〜ん。と思った瞬間、呼び起こされ手術は無事終了したようだ。意識朦朧としていてよく覚えていない。ICUにベッドごと移動し、多くの人々が私を介護してくれていた。痰を吐き出さなければという思いがあり、何度か痰を吐き出し看護の人達が手伝ってくれたのは覚えている。
 ICU1泊目、10分程度の断続睡眠を繰り返しながら31日の朝を迎える。執刀医の説明を受ける。手術時間は4時間、18cm開胸したとのこと。昼からはもう食事、全粥食とはなっているがチキンソテーなどのおかず。すべて平らげる。ICUで2泊してもう病棟へ戻る。
 昔胆石症手術で開腹手術を受けたことがあるが、隔世の感がある。昔と比べ全く痛くはない。病院内で医師への痛みの程度の説明で胆石症の七転八倒の痛みを9とすれば手術後の痛みは最大でも0.3程度だ。背中に差し込まれたチューブ経由で痛み止め薬が効いているのだろう。胸部のドレーン・チューブや尿管カテーテルなども外され手術後2日目にてもう歩行できるようになった。非常に順調な回復ぶりだったと思う。
 術後1週間、担当医の美人女医に尋ねた。「もう合併症の危険性の峠は越えましたか?」。「まだです。1週間後に急速に悪化する患者も沢山いました」との恐ろしい答え。そう、手術自体よりも合併症や感染症が怖いのだ。悪化すると死亡率50%というのもある。恐ろしい・・・。とにかく合併症対策は徹底的に行ったつもりだ。食後直ちに歯磨き、うがい。突然の咳込みで食べかすが肺に紛れ込むのが怖いのだ。面会室などに立ち寄りそこにおいてある書籍類などに触れたときには徹底的に手洗いを行った。
 非常に順調な回復ぶりと思っていたが体温が平常時よりも0.5℃程度高いのが気になる。夜37.8℃まで体温上昇したことがある。流石に怖くなりナースコールした。看護師は優しく対応してくれた。38℃異常の場合は少しは危険性はあるがそれ以下だと特に問題はないとのこと。
 この1年間声楽トレーニングで腹式呼吸をしっかりできるようになっていたのはとても助かった。余り苦しまずに痰を吐き出すことができる。最初は痰の量も多く、ときどき血痰も出る。徐々に痰の量も減り血痰も殆ど出なくなる。
 術後1週間で肺機能などのリハビリを開始。さすがに肺活量が26,7%減るときつい。平坦路をゆっくりは歩けるが早足だとすぐに息切れしてしまう。階段なんてとても登れない。
 術後2週間、もう外科病棟では私は古株になったようだ。外科病棟は患者の入れ替わりが激しい。全身麻酔による痔手術の場合、2,3日の入院だ。リハビリも順調だが、まだ階段4階分程度しか登れない。そろそろ合併症の危険性も低くなり退院可能なのだが、一人暮らしで階段6階の我が家で生活する自信がない。3週間入院させてもらうことにした。
 病院の食事は理想的だ。実に多くの食材と栄養のバランスが良い。カロリーも適当。退院するとこんなにバランスのとれた食事は無理だろう。
 入院3週間目、いよいよ退院日。もっと入院しておくことも可能だったが流石に病院内での退屈さに耐えきれず退院することにした。退院日の2,3日前までに108段の階段を休憩無しで登れるようになった。何回か階段を往復し毎日50階分程度の階段上りができるようになった。
 タクシーで自宅前まで。重い荷物を抱えて喘ぎながら6階の我が家にたどり着いた。入院日にごきぶり退治のバルサンを焚いて出かけたので家の中に残っている有害物質が怖い。すべての窓を開け換気扇を回し、エアコンも動かし、とにかく換気。久しぶりのパソコン操作、殆ど迷惑メールばかりだが500通以上ものメールがたまっていた。必要なメールも削除してしまったかもしれない。
 退院前日、削除した右下肺葉などの病理検査の結果報告を受けた。癌細胞の大きさは70*70*35mmとかなり大きいが他への転移は認められず病理病期はUAと確定した。今後入院を伴う抗ガン剤治療を受けることになりそうだ。
 
手術前日のX線画像。15ヶ月前のX線写真では影が見つからなかったのに・・・。かなり分裂速度が速い腺癌のようだ。
 私には読影はできないが、この画像には間質性肺炎、肺腺維症(共に自覚症状無し)と肺気腫、石灰化した結核治療痕が読みとれるそうだ。もうぼろぼろな肺なのだ。
 中学生のときから喫煙習慣をつけてしまった罰が当たってしまった。ちなみに今年2月から喫煙はしなくなっています。
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2411 11/8/17
(水)
判決

 今日は1週間前に行った骨シンチの結果を聞きに病院に行った。受付を済ませしばらく待つ。まるで判決を聞く前の殺人犯のような心境だろうと思う。待っている間、徐々に悪い方へ想像してしまう。呼ばれ診察室に入る。先生の表情が明るい。「お!もしや、明るい話?」と期待する。結果は骨への転移無し。病期はT2a(病巣が3cm以上)、No(リンパ節転移無し)、Mo(遠隔転移無し)ということで癌の進行状況としてはTbとのこと。この後具体的な説明や手術日程などの話を聞いた。8月30日開胸手術により約2週間の入院予定とのこと。手術中に採取した細胞でEGFR遺伝子変異検査(癌治療薬イレッサの効き具合を調べる検査だそうだ)も行ってくれるとのこと。転移はなかったが、検査では検出されないような微少ガン細胞があちこちに飛んでいることはある程度は覚悟しなければならないと思う。これが手術後の再発率に影響しているのだろうと思う。ちょっと痛い期間が長引くけれども開胸手術ではより確実に安全に手術可能だ。100%除去してくれるのを期待している。ちなみに右下肺葉の切除手術で肺活量の約25%が失われるらしいが、歌を歌い続けることは可能らしい。
 ステージTbということは執行猶予5年、懲役10年程度の判決だろうと思う。ステージWの死刑判決でなくて良かった〜。とはいえ死刑判決を受けても執行されず長く生き続けている人も多い。
 ステージTbでは5年生存率は70%前後、このデータは古いのでもっと改善されているであろう、入院する病院の評価は高いようだ、私自身超健康だ、生き様がとてもポジティブだ・・・、等のことを考慮すると私の5年生存率は恐らく90%以上だろうと信じている。
 もう先はある程度見えてきた。「転んでもタダでは起きあがらないぞ〜」という気持が沸き上がってくる。9月のステージは絶対に無理、10月の出演オーディションもほぼ無理、11月のドイツ・レクイエム、もしかすると出演できるかも・・・、そのときにはお涙頂戴作戦で大ホールでの練習中にオーケストラ伴奏でバリトン・ソロを経験させていただこうと思っている。超高級カラオケだ。一般人にはまず経験できない。その他色々とリハビリ以降の私の前向きなより人生を楽しむ姿を思い浮かべながら暮らしていこうと思う。
 あ、それから、少しでも世の中に貢献できるならばと思い、私の肺癌闘病記をアップしますね。昔急性肝炎闘病記をアップしましたが、今でも結構ご覧下さっている方が多いのです。私も痛感しました。ネットには情報が溢れかえっていますが、殆ど同じような薄い内容でなかなか欲しい情報が得られないのです。こういった経験を踏まえ今後肺癌闘病記を更新していく予定です。
 
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2410 11/8/13
(土)
肺癌

 毎年6月に健康診断を受けるようにしている。今年も6月中旬に受けた。結果を聞いたのは6月下旬だった。胸部X線写真で異常影が写っているとの指摘。1年前の画像には写っていない。素人でも見て明らかに異常が分かる程度の影だ。後日のCT撮影でより異常が明瞭になった。健診を受けたクリニックで紹介状を書いていただき専門病院に受診。当初、間質性肺炎という恐ろしい病気の可能性が指摘されたが、検査入院で気管支鏡経由の胸部生検による培養検査の結果7月29日日、肺癌と告げられる。内科医の話では腺癌とのこと。大きさは3*5cm、リンパ節などへの転移は見当たらず、ステージ1と告げられた。恐らく胸腔鏡手術で1週間程度の入院とのこと。ヘンな話ステージ1ならば間質性肺炎よりも安心だ。少しばかり肺癌と告げられて安心した。
 8月1日から術前検査入院。色々な検査が行われる。造影剤を静脈に注入しての撮影など、CT撮影もかなりの数行った。これだけで50ミリシーベルト以上被爆していると思う。主治医が検査後状況を説明して下さるがネガティブな話は無さそうだ。5泊6日の検査入院を経て6日退院。
 8月10日、手術へ向けての最後の検査、骨シンチを行う。またこの日今までの呼吸器内科から呼吸器外科の診断を受ける。手術するかどうかは骨シンチの結果次第とつれない医師の回答。今のところ病期はステージ1b〜2aというところで手術可能だが、骨に転移していることが判明すると一気にステージWとなり快復は望めなくなってしまう。昔結核を患ったことがあるので胸腔鏡手術は無理とのこと。開胸手術となるらしい。これだと約2週間の入院らしい。より安全に確実にできる手術らしいが、手術後痛みなどが長く続くらしい。ネットで調べると病期1b〜2aでは5年生存率は5,60%らしい。これは2009年頃のデータだから最近はもっと向上しているはず、病院も素晴らしい、医学も進歩しているはず、自分の体力は並以上、精神力も強い、というので自分の5年生存率は60〜90%と甘く考えている。
 骨シンチの検査結果は8月17日に聞かせてもらえることになっている。転移が無ければ恐らく8月30日に手術の予定だ。肺癌は脳や骨に転移しやすいらしい。検査結果が知らされるまでとても恐ろしい日々を送っている。一人静かにしていると悲観的な考えも浮かぶが、かっこよく復活する自分の姿も想像したりもしている。今のところ右の肺葉切除で25%肺活量が減る見込みらしいが、これだとまだ声楽を続けられそうだ。一時的に声量が小さくなったり息が続かなくなるかもしれないが、いずれ復活し合唱団で独唱者としてカッコよく立ち直っている姿を想像している。入院中は声は出せないがリズム練習や声楽関係の勉強をしようと思っている。
 それにしてもこの2ヶ月近く、自分でも精神的に大きく変わったと思う。忌み嫌っていた自分の「死」の話、少しは直視できるようになってきたと思う。色々な現実を受け入れられるようになってきたと思う。自分の人生をより真面目に考えるようになってきたと思う。
術前検査入院していました。
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2409 11/7/16
(土)
健康診断

 年に1度は健康診断を受けるようにしている。先月下旬、健康診断の結果を教えて貰うためかかりつけのクリニックに行った。
 担当医の方が「胸部X線写真に影が写っている」と画像を示しながら説明される。素人目でも明らかな4,5cmの影が明瞭に写っている。1年前の画像と比べながら先生が説明される。CTによる精密検査が必要。翌日紹介された病院でCT撮影を行う。かかりつけのクリニックにCT画像が届くのは1週間位待たされる。この待っている間が、非常に怖い。「肺癌の可能性!?」恐怖感がひしひしと沸き上がってくる。余命3ヶ月と宣告されたときに如何に余生を生きていくか、それまでに行わなければならないことはないか?等かなり真面目に考えた。
 1週間後CT画像の説明を聞きに行った。直径6,7cmの網の目状の球体が明瞭に写っていた。誰が見てもはっきりと異常だと分かる。担当医の方も私が安心するような言葉は発してくれない。非常に不安になる。専門医を紹介して下さった。
 ネットで「肺の病気、画像診断」というキーワードで調べまくる。よく分からないが、どうも癌では無さそうな気がした。知人に話しても「癌はそんなに急速には大きくならない」という安心させてくれるような発言や「そういえば、私の知人も自覚症状は全くなく癌で3ヶ月後に逝ってしまった」と恐ろしい話もする。
 専門医の受診をする。この分野ではかなり高名な先生らしい。素晴らしい先生を紹介して下さったとかかりつけの医師をありがたく思う。専門医の話では「9割方、癌のような恐ろしい病気ではない」との話。でも1週間後検査を兼ねて入院することになった。
 入院までの待っている間、やはり色々な人と話したりネットを調べまくる。「9割方、癌ではない」という医師の話は「ほぼ確実に癌ではないということだよ」と安心させる言葉もいただく。でもやはり「知人が3ヶ月後に逝った」という話も聞く。個人的にはほぼ癌ではないという確信を得てきたのだが、やはり心配だ。ある知人が「肺にカビが寄生しているのだよ」と言っていた。ネットで調べた。この1年近く黒カビに冒される最悪の条件下で不摂生な生活をしてきた。ものすごく心当たりがある。「黒カビに肺が冒された」と自分勝手に思いこむようになった。
 入院手続きを行う。入院に当たっては連帯保証人をたてなければならない。今更連帯保証人なんてたてにくい。この世界もお金の世界だ。保証人を立てることができなければ、予想される費用を先に預けなくてはならない。現金を預ける。
 久々の入院だ。正直浮き浮き気分だ。俗世間を離れ普段出来ないことを入院中に行おうと思った。食事がまずいことと大声を出せないことを除けば我が家よりも居心地は良い。1日目肺機能検査。2日目、気管支内視鏡による検査および組織採取。昨年胃カメラで声帯を無理矢理に診て貰い苦しい思いを経験しているので内視鏡検査はそんなに苦痛とは思わなかった。一番苦しかったのは事前の喉への麻酔薬吹きつけ、これがつらかった。でも検査前、血圧が最高、最低共に起床時に測った値よりも30〜40も高くなっていた。いや〜、私も小心者だ・・・と自覚した。検査は2時間弱で終了。麻酔がまだ効いているので看護士達によりとても丁重に扱われる。
 病室に戻りしばらくして医師が説明に来た。検査は順調、組織培養するのに時間がかかり結果が判明するのは2週間後、とのこと。翌日退院と告げられた。「えっ!もう退院なの!」とちょっぴり残念な気分。
 退院後知人と話す。「組織培養?細菌などの感染症の可能性を確かめようとしているのだな、もし癌などの危険性が感じられたら退院なんてさせるはずがない」と安心させるような発言。
 2週間後に結果を聞けるようだが、それまでが不安でたまらない。ついつい悲観的に考えがちになってしまう。今まで全く自覚症状がなかったのに何となく肺の影が写っていた付近が軽く圧迫されているような痛いような気がしてくる。
 
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