晴美の独り言

索引

番  号 日  付 内    容  
2513 15/03/20
(金)
再生可能エネルギー

 東日本大震災以来、我が家のエネルギーコストは増大の一途を辿っている。 電気料金は今では震災前の3割以上高くなっている。 我が家のエネルギーコストは震災前よりも年間5万円以上増加している。 最近の日本社会もようやくエネルギーコストの上昇について注目し始めてきたようだ。 未だに声高には言えないが、原発再稼動を願っている人々も増えてきているように感じる。 
 福島の事故時の政府民主党の対応は最初から疑いの目で私はみつめていた。 政府の露骨な責任回避姿勢、「原発は悪」という決め付けた世論の形成、再生可能エネルギーの推進および需要者に対する負担増、事故当時、このような疑惑に対して真摯に取材するマスコミも少なかったように記憶している。 毎月の電気領収書を見ていただきたい。 燃料調整費と再エネ発電賦課金が課されている。 我が家の場合、請求額の約1割がこの費目になっている。燃料調整費は今のところ仕方がないかなと思っているが、再エネ発電賦課金は極めて問題だと思っている。 金額的には今のところ少ないが、将来的には増加してくるのは確実だ。例えは悪いかもしれないが、高齢者社会を迎えるに当たっての社会保障費と同様だ。  現在の電気料金システムで楽して利益を享受できるのは誰か? 再生可能エネルギー生産者はぼろ儲けできる可能性がある。 この仕組みの構築に当たった関係者も目立たぬよう何らかの利益を得ているものと推察される。 官僚、学識経験者、政治屋、評論家・・・などだ。 電力会社も影響を余り受けず、コストを需要者に転嫁している。 私は今のところ原発再稼動賛成派だ。 原発の危険性や核のゴミ処理問題など極端に誇張し再生可能エネルギー推進に前向きな著名人も多い。 余り極端な論理を展開すると、もしかして、このような著名人たちも業界から何らかの利益を受けているのではないかと疑っている。 
 介護保険と同様、巨費がからむと何かと色々な疑惑が沸き起こってくる。 色々なシステムで国民が納得できる相応の負担することには異議はない。 問題はその影に隠れてぼろ儲けしている組織や人物が目立たぬよう暗躍していることが許せないのだ。 また彼らは情報収集能力も高く逃げ足が早いことも癪に障る。
 
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2512 15/03/16
(月)
介護保険

 昨年から養護施設などへの慈善コンサート等に参加させていただいている。 施設で働く介護師の方々の労働は大変だと思う。 私にはとてもできない。 介護労働の厳しさの割には彼らの賃金は低すぎると思う。 2013年厚生労働白書によれば介護費用総額は7437億円だそうだ。  65歳以上の高齢者の負担率は21%、40歳以上は29%、残りは国や市町村が負担している。 介護サービスを利用する場合は利用者は費用の1割を負担するらしい。
 まだ介護費用総額も1兆円以下であり、個人負担額もそんなに大きくないと思われるので余り問題視されていないようだが、この制度にもメスを入れるべきと思う。 介護費用はこれからの超高齢化社会を思うと急増すると思う。 介護保険料もサラーリーマンの源泉徴収と同様で保険料支払い者にとっては余り実感が沸かない。 薄く幅広く介護費用をかき集めるシステムなのだ。 国や自治体の負担率は50%だが、、この公費も元はといえば私たちの税金なのだ。 介護の現場で働く人たちの労働単価は安すぎると思う。 可愛そうに思っている。 とはいえ、なるべく介護費用の総額を抑えたい。 国は介護報酬の引き下げを目論んでいるそうだ。 これは保険料を払っているものにとってはありがたい。 支出についてもう少しメスを入れていただきたいと思う。 介護用品類の販売価格をご存知だろうか? 介護用食器、車椅子、シューズなど、めちゃくちゃ高い。 マグカップ1個が1000円以上もする。 私の感覚からすれば10倍以上だ。 安全面等の配慮もあるのだろうが高すぎる。 公費が投入される事業に関しては何となく民間組織とは異なりコスト意識が低すぎるように思う。 施設経営者や介護用品販売業者等、かなり楽して莫大な利益を上げているのではないかと疑っている。 
 とかく巨額公費が投入される事業に関しては、利権等を活用したりして楽に目立たぬよう莫大な利益を上げているのではないかと想像される団体や人物がまとわり付くものだ。 政治家やマスコミ等、重箱の隅を突くような個人攻撃を行うよりも構造的な大きな問題に挑んでいただきたいと思う。  
 
散歩途上で見かけた両家の車の番号。お互いに意識して注目を浴びそうなナンバーを取得したのか・・・。
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2511 15/03/13
(金)
医薬分業

 医薬分業について規制改革会議で公開で検討が始まったとのニュースをテレビで知った。 大病院の周辺には数多くの調剤薬局が存在している。 昔は病院内で薬剤を入手できていたと思うが、最近は病院で処方箋を発行していただき、その処方箋を持参して調剤薬局で入手することが多い。 何故、病院外の調剤薬局で購入しなければならないのか昔から若干疑問にも思っていた。 購入場所が病院外であることと、購入代金についての疑問だ。 こと病院に通うような病気なので処方される薬の購入代金については、さほど気にしてはいなかったのだが、最近の私は年間医療費30万円前後もの支出だ。 医薬分業についてテレビで報道されていたので少し調べてみた。 元々は病院内で購入可能だったのだが、病院側が患者に対して医薬品を過剰に処方しいわゆる「薬漬け」の弊害を少なくするため医薬分業という考え方が提起されたらしい。 患者にとっては病状の方がより関心が高く医薬品購入に係わる費用増大については余り気にかけてこなかったのだろう。 病院側の診療明細書とか調剤薬局の調剤明細書を眺めると、素人には「何!この費目!」というのが記されている。 一般に病院薬局で購入する場合に比べ病院外で購入すると2.5倍の患者負担が増えるらしい。 睡眠導入剤レンドルミン30錠を入手しようとすれば、病院での処方箋料680円、調剤薬局で調剤基本料410円、内服薬調剤料810円、向精神約加算80円、薬学管理料340円、錠剤30錠900円の合計3220円、自己負担分3割で約970円支払わされている。 年間医療費に30万円前後も支払っているのでこの額は個人的にはたいしたことがないと思うが、日本全体で今後も伸び続けていくであろう国全体での医療費を思うと過看できないと思う。 この場合自己負担3割がミソで残り7割は公費、すなわち国民が支払っている健康保険料からだ。 保険料として自分たちが支払い続けているにもかかわらず公費7割ということで何となく我々自身のコスト意識が低下していると思う、いや低下させられているのだ。日本全体の医療費も天文学的な数値だ。このような巨費には必ずといっていいほど、この巨費に群がり私欲を満たす悪賢い奴がいるものだ。 前述の「薬漬けの弊害」を表向きの理由として、医学、薬学界への巧みな利益誘導の可能性も否定できないと思う。 この仕組みを考えたのは誰かは知らないが、サラーリーマンの源泉徴収と同様で、一般庶民から薄く目立たぬように幅広くカネをかき集める手法と思う。
 そもそも一般庶民にとって病院外の調剤薬局の必要性が本当にあるのだろうか? 色々と存在の必要性も述べられてはいるが私には屁理屈にしか聞こえない。 薬物の専門家である薬剤師により薬物を混合服用したときの危険性を減少できるとの指摘もあるが、これを実効あるものにするためには、患者が現在服用しているすべての薬剤について薬局側が正確に把握しておかなければならない。現実的にはお薬手帳なるもので誤魔化しているに過ぎない。 またかかりつけ薬局という考え方もあるが、調剤薬局は大病院周辺に集中しており、患者居住地周辺には少ない。 実際問題、薬局で患者が薬剤師に真面目に相談することがあるのだろうか? 医師と薬剤師、どちらの言い分の方が信憑性があるのだろうか? 私は薬局ではなるべく店員の方とは話さないようにしている。 少しでも相談めいた話をすると、薬局から相談料なるものを請求されかねないからだ。
 こう考えると、医学界、薬学界、製薬会社など庶民からいかに楽してカネを吸い上げるかという仕組みがまかり通っているような気がしてならない。 保険業界のみならず巨額資金がからむと、目立たぬよう楽して利益を得ている組織や人物が多いようだ。 中国の汚職問題は現在深刻なようだが、日本も何10年か前は現在中国と同様だったのだろうと思う。 さすがに現在日本では、中国ほど露骨で下手糞な汚職は少なくなったが、巨費にからみつき法に触れないぎりぎりの線で私利私欲を追求しているお行儀の悪い日本人も多数隠れているのではと思っている。
 
ロッキード社製、A-12 ブラックバード 25000mの高度でマッハ3以上で飛行する偵察機
2004年アラバマ州にて
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2510 15/03/12
(木)
記憶の風化

 被災者や被害者の方々からしばしば「この不幸な出来事を忘れず風化させないで欲しい」という言葉をテレビ等を通じて聞く事がある。 被災者達の心情は理解できるが、この言葉は被災者達のエゴだとも思える。 そもそも私たちの記憶なんて忘却があってこそある程度維持できるものだと思っている。 人間が過去の事象などの記憶が薄れていくのは自然の摂理だと思う。 不幸な事態などの当事者の気持ちも十分理解できるのだが、傍観者たる周囲の人たちは「この不幸を教訓として、今後、同様な不幸な事態を防いだり、減少させたりする知恵を身につけるようにすべき」と考える。 また不幸な事態の当事者の方々に対しては、これからの残された人生をより有意義に前向きに生き抜いて欲しいと願う。 
 なお現代社会では「不幸な出来事」等の各種事象は人間の脳には鮮明には残りはしないが、テレビ、書物など各種媒体を通じて過去よりもはるかに鮮明に記録されている。 正直膨大すぎるとも思っている。 色々な事象に対してこの膨大な情報を整理し本質的な内容を抽出し後世に引き継いでいくことが重要だと思う。 でもこれがなかなか難しい。 例えば世界大戦、基本的には勝者の論理で歴史や価値観、世界観が形成されるきらいがあるように思える。 周囲に媚びることなく信頼できる事実記録を元に、冷静客観的に再度分析し新たな歴史観、世界観、価値観を社会全体で醸成していくべきと思う。
 被災者、被害者の皆様、不幸な出来事などの記録は人間の記憶からは薄れていきますが現在ではまず消失することはあり得ないと思う。 当事者でない私たちは、残された記録を参照することで当事者の方々のやるせない気持ちに思いを馳せる事ができるよう、同様な事象を繰り返さぬようより自分なりに人間力を強化しているのです。 過去に必要以上に縛られず、残された人生をより前向きに生き延びていただきたく思う。
 
アラスカ・ドライブ
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2509 15/03/08
(日)
悪い奴ら

 金融関係の知人は多数いるが、業界でトップに君臨したような知人はいない。殆どは業界へ就職した時点では何でもそつなくこなすいわゆる秀才タイプの人間が多かった。彼らはそこそこまでは出世するがトップにはなれない。 「上司の失敗は部下の責任、部下の功績は上司のもも」という本当かどうかは知らないが、金融界の悪しき体質、金融界の知人たちは必死に自分を抑え我慢して定年を迎え世間相場よりは豊かな悠々自適生活を送っているのが多いと思う。 私もコンピュータ会社のSEとしてメガバンクから信用組合までの金融機関でサービスさせていただいた経験があるが、規模の大きな金融機関になるにつれ非道がまかり通っているような感じがする。 金融機関側のチョンボであるにも係わらず発注権限者であることをいいことに出入り業者に責任を被ってもらうという経験もさせられたことがある。 彼らは実に悪賢く責任逃れも上手だ。
 トップに上り詰めた人物は直接的には知らないが、何かと脛に傷をもっているのが多いのではと思っている。例えば、第1次安倍内閣時の年金保険料未払い問題。 未払いは良くないことだが、善良な国民にとってはさほど重大な問題とは思っていない。 年金の問題は莫大な年金資産を箱物などの建設に費やした年金運用関係者の行為が責められるべきと思っている。 年金運用を指導してきた行政の責任も免れない。 また箱物建設で潤ってきた建設業界も逃げ得という感じだ。 恐らく巨大な年金運用資産で何らかの便宜等を得た人物たちは、責任追及を逃れ今は悠々自適生活を送っているものと思う。 未納問題は一種の陽動作戦ではなかったのかと思っている。 クルーズ費用1000万円以上もするスイートルームでの世界一周クルーズを楽しんでいる裕福な人たちも現役時代に何らかのいかがわしい行為で蓄財した人たちも含まれているのだろうと思う。 すべての職域に共通すると思うが、職位が上になればなるほど、入手できる情報量の質・量も豊富になる。 このことは自分に危険が迫ったことをより早く察知できる可能性が高く、それゆえ、責任回避できる可能性も高くなる。 ずるがしこい経営トップや高級官僚は巧みに逃げ延びているのではないかと思う。 先ほどの年金問題は典型的だ。 また現在追求中の保険業界も数々の疑惑が浮かびつつある。 保険業界は更に巨大な運用資金を保有しているがゆえに疑惑追及も困難を伴う。 追求範囲も業界、行政のみならず消費者団体、学識経験者までもが怪しい。 ついでに原子力村も問題だ。 
 いくつかの原子力発電所が存在する自治体を訪問したことがあるが、うらやましくなるような環境整備が行われている。 福島の事故が起こる前までは立地自治体は何らかのメリットをかなり得ていたのではないかと思う。また原子力村も地元の要請を受けあり得ない「安全神話」なるものを公言し、それなりに関係者は何らかの便宜を得ていたものと想像される。
 国会では「政治とカネ」の問題が議論されているが、国民はもうこんな議論には辟易していると思う。 国民一人ひとりには被害額は少ないかもしれないが、全体としては莫大な被害を被り、国民から吸い上げた資産などを私利私欲に回し逃げ延び、世界中で悠々自適生活を送っている過去の権力者達の悪行を曝け出しこのような悪い奴らをのさばらせないようにしていただきたい。 
 ホントに悪い奴らは悪知恵が働き、危険を察知する能力も高い。 危険を感じると陽動作戦など一般国民には想像すらできない作戦を立て危険回避してしまう。 今頃日本を遠く離れたところで高笑いしている悪い奴らも多いことだろうと思う。 金融関係者にはこういった悪い奴らの比率が高いような感じがしている。
 
フランス・バルディゼール・スキー場
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2508 15/03/01
(日)
医療保険の広告

 現在、A保険会社に対して「パンフレットなどの募集資材から曖昧な約款へ導き消費者を意図的に錯誤(勘違い)させる悪質商法」と金融ADR制度を利用しての申立や金融庁に相談をしている。 もうA社と争い始めてから2年近くになろうとしている。 そのためか、医療保険の広告は比較的注意深く眺めるようにしている。 私がA社に不適切な募集行為と問題指摘して以降、A社の新聞広告は最近は殆ど見かけなくなった。 TV広告ばかりが目立つ。 先日アメリカンホーム保険会社の医療保険の新聞全面広告を見かけた。 とても好感が持てる広告だった。 争っているA社の新聞広告の場合、手術や入院時に給付金が支払われることが強調され、支払免責事項については広告の片隅に目立たぬように「詳細については約款などをご覧下さい」と記されているだけなのに対し、アメリカンホーム保険会社の広告では各給付事由毎に魅力的な内容説明と同時に支払われない場合等の補足説明がかなりされていた。 詳細についてはこの広告だけでは分からないが、消費者にとっては「給付金が支払われない場合もあるのか〜」と認識させられ、また支払免責事項について調べる必要性を喚起してくれるのでありがたい。 ここまで明確に保険会社にとって恐らくネガティブな内容を明記するのは珍しい、あるいは、この2年近く金融庁や生命保険協会にA社の悪質商法を訴え続けてきた成果なのかもしれないと思う。
 金融庁の審議会等の議事録を調べていると保険募集資材に関しての討議で頻繁に「募集資材の分かりやすさ」ばかりが強調されている感じがする。「分かりやすさ」の必要性も十分理解できるが、基本は保険会社と契約者との包括的契約書である約款が双方の認識に差異が生じないよう厳密かつ明確に記され、この約款について分かりやすいパンフレット等を作成すべきと考える。 「分かりやすさ」の要求はあくまでも厳密かつ膨大で難解な約款条文の記載事項を約款定義内容と逸脱しない範囲でパンフレット等を分かりやすく作成すべきと考える。 実際曖昧な約款を原因として裁判となっている事例も多いようだ。 金融ADR制度のもとで生保協会の裁定審査会の裁定も業務規程で裁定事案は公表すると規程されているにも係わらず約款解釈問題については殆ど公表していない。 私が申立てた事案も強く公表依頼しているにも係わらず「公益性を考慮して」という理由で公表されないままだ。 審議会議事録等を読むと消費者団体代表などから「医療技術の進歩に伴い約款の改定の必要性」が述べられているにも係わらずこのテーマは全く深化していない。 単に一応議事録に掲載しただけ程度だ。 いつのまにか募集資材の「分かりやすさ」のテーマに移行してしまっている。 これを読む限り、保険業界は約款解釈問題という本質的な問題をいかに回避したがっているかが窺い知れる。 生保業界の天文学的な運用資金を背景に一応議事録に約款改定の必要性を記させた消費者団体などの審議委員も、何らかの便宜を生保業界から得ているのではないかと疑ってしまう。 ここまで日本の金融界に対して不信感を抱かせるようになった生保業界や金融庁の責任は重大だと思う。 
 
散歩道で見かけました
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2507 15/02/24
(火)
400兆円の横暴

 保険業界全体の国債等の保有率は以前述べた。 株式や不動産なども加えた保険業界全体の運用資産はおよそ400兆円と推測されている。この400兆円という数字、私のような貧乏人には想像もつかない巨額だ。 1万円札を積み重ねると高さは約4000kmにもなる。 びっちり隙間無く後楽園球場に1万円札を詰め込むと後楽園球場2,3杯分の量だ。 日本のGDP近い巨額なのだ。 この巨大運用資金にまとわりつく団体や人物はものすごい数であろうと思う。 国家さえ配慮せざるを得ないほどの資金保有団体なのだ。 現在生保業界と紛争中のため生保業界の傍若無人ぶりを暴くために色々な角度から調査している。
 遡ること約20年、米国から金融緩和圧力が強かった頃だ。 当時の金融庁長官S.T.氏、この人物の経歴も面白い。 2002年:金融庁長官、2003年4月:郵政事業庁から日本郵政公社に変貌、2005年:小泉内閣のもとでいわゆる郵政解散、2006年:S.T.氏金融庁長官退官、2006年:S.T.氏日本郵政社長、2008年:日本郵政がアフラックのがん保険販売開始、2009年:S.T.氏郵貯銀行退任、2010年:S.T.氏アフラック顧問就任、2013年:アフラック、日本郵政業務提携、2014年:S.T.氏日本格付研究所社長就任、2015年春:郵政上場予定。 日本郵政は当初自前あるいは日本生命と提携して医療保険を販売希望していたらしいが、なぜか状況が変わったようだ。 まだ、情報不足なのでよく分からないが、この経歴を見ただけでもS.T.氏日本の金融界を牛耳るフィクサーという感じもする。 ムーティーズやP&Pなどの格付け会社、私は有害だと思っている。 投資家への情報提供という存在意義があるのかもしれないが、本来投資情報は投資家が自己責任のもとで得るものだと思っている。 格付け会社によって勝手に自分の会社や国などが格付けされてはたまったものではない。 より各上に格付けしてもらうために格付け会社に対して何らかの便宜を図ろうとする組織があっても不思議ではないと思う。 すこし話がそれたが、金融界という世界は魑魅魍魎、どろどろした何も信用できない恐ろしい世界という感じがしてきた。 ちなみに私の生保業界に対する問題提起に対して某政治家と相談し、国会審議等で取り上げていただこうと計画はしているが、保険業界の巨額運用資金の影響力は絶大な感じもしている。 多くの政治家は、巧妙に保険業界から便宜を得ていると想像される。こういった人物が国会審議に取り上げられるのを妨げるよう行動するのは想像に難くない。 現在信用できる人物や組織を調査中だ。 も〜っ、私に残された時間は少ないのに、こんなことに時間を費やされるなんて、アホらしい・・・。 でもボケ防止に役立つかもしれない。
 
ゲーム:グランツーリスモ6 未だに毎日2,300km走行しています。 この日は大クラッシュしてしまいました。 体力回復した時点での海外ドライブ旅行に備えて運転技術が低下するのを防ぐためにもトレーニングしています。
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2506 15/02/19
(木)
保険乗り合い代理店

 複数保険会社の保険商品を取り扱う乗り合い代理店について金融庁は厳しく調査に乗り出しているそうだ。 テレビCMでよく放映されている大手乗り合い店、結構儲かっているような感じもする。 乗り合い代理店が消費者にとって本当に役立っているのか以前から疑問に思っている。 代理店にとっては顧客の意向を十分に踏まえた営業姿勢を見せつつも、より利潤の多い保険商品を契約させたがるのは自然な行為だと思う。 本当に顧客重視しているかは疑わしいと思っていた。
 現在保険業界に対して広範囲に調査している。 乗り合い販売店問題の本質は、金融庁が表向き目をつけているような問題ではないと考えている。 金融ADR制度下での保険に関する裁定事案を調べてみると、契約時の説明不足等の問題が実に多い。 保険会社が契約時の非を認めることはまずありえない。 保険会社が糾弾されないよう責任を被っていただく乗り合い代理店という仕組みを政官業で作り上げたのではないかと疑っている。 いわば契約時の問題に関して「とかげの尻尾」のようなものだと思う。 この仕組みが構築されてきた経緯を調べていきたいと思っている。
 乗り合い代理店は若者に好評らしいが、これも疑問だ。 私も入社直後生命保険を契約したが、当時はよく分からないまま契約した。 保険は家と同じくらい生涯でもっとも大きな買い物と言われているらしいが、若いときにはそんな意識は全くなかった。 若いときは月々の保険料は安いが、何10年も払い続けていると巨額になる。 おまけに途中でより保険料の高い、保障内容がより充実した商品に乗り換えさせられる可能性も高い。 
 乗り合い代理店を推進してきた人達は「より消費者の意向に沿った商品の提供を」と謳うが、本当にそうだろうか? 現在は各保険商品の特徴や概要はわざわざ営利目的の代理店に相談せずとも自分で調べることができる。 代理店では顧客の保険に対する意向を確認して最適の保険商品を勧めることができるとはいうものの、顧客の意向なんて保険のような長期に影響する商品に対しては正確に掴むのは不可能と思う。来店時の顧客の意向なんて単なるその場での思いつき程度の意味しかないと思う。 また、意向は環境や時間の変化と共に変化するものだと思う。 
 消費者の立場からすれば、何となく不安なので保険に加入しておこう。 パンフレットなどを眺めても一長一短ありでどの商品も殆ど同じようだ。 約款なんてまず読まない。 保険支払事由が発生した場合で期待通りの保障が受けられない場合、初めて約款を精読し、約款に不払いの事由が明確に記述されていれば、約款を十分チェックしなかった自分を責めつつも不払いを受け入れる。という日本人が殆どだろうと思う。
 保険業界調べれば調べるほど、悪者集団という思いが強くなってくる。 無知な消費者から買い集めた莫大な保険料、恐らく国の資産の20%も保持し、政官学業に影響力を与える資金力にものをいわせた強欲強引な業界というイメージが浮かび上がる。 その資金力や影響力は農協問題よりもはるかに大きくまた根深い構造的な問題も孕んでいると思う。
 保険業界の悪徳ぶりのためか、何もかもが信じられなくなり悪い負のスパイラルに陥っている感じがしている。 金融庁がよく目安にしているソルベンシーマージン比率なども疑いの目で見ている。 この比率は保険会社の支払い能力を示す数値であり200%以上が求められ高ければ高いほど良いらしい。 数値がどんなに高くても絶対に支払い不能に陥らないとは言い切れない。 原発災害と同様に絶対なんてありえないのだ。 穿った見方をすれば、体よく保険会社の資金力を強化させているようにも私のような素人には思える。 そんなことよりも支払を渋り巨大な暴利を貪っている保険業界に対して真に契約者目線で金融庁には対応していただきたい。 参考までに平成25年度の主要保険会社の財務諸表の一部を示す。 いかに保険金の支払を渋り暴利を貪っているかが少しは理解していただけると思う。
 
テキサス州最高峰ガダルーペ峰(2667m) ガダルーペ国立公園
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2505 15/02/14
(土)
金融庁検査

 2013年某保険会社との約款解釈に係わる紛争に絡み金融庁のホームページを閲覧したり投稿することが多くなった。 ドラマ「半沢直樹」で注目を浴びたかもしれない金融庁検査のページをよく閲覧する。 金融庁のホームページでも一番閲覧される回数の多いページだ。 2014年秋の金融庁人事異動後の金融庁検査のページの様相が変化した。 従来は検査中の金融機関が2,3週間だけホームページ上に公開され、表示された金融機関に関する情報を求めていた。しかしながら2014年秋以降、保険会社名は公表後2,3週間経過しても表示されたままであり約半年間全く変わっていない。 しかも従来に比べ、公表された保険会社の数もかなり多い。 2014年秋ごろ、金融モニタリング方針の変更によるのかもしれない。 或いは2013年以来私からの某保険会社の悪徳商法ぶりに対する金融庁への訴えが功を奏しているのかもしれない。 通常保険会社に対する検査は次の検査まで3年開けるらしいが、私が訴えている保険会社は2012年7月に異例の長期検査を受け終えてから約2年で再度検査対象となっている。 検査中のホームページは某保険会社の異例さを目立たぬようにするため、多くの保険会社を長期にわたって公開しているのではないかと疑ってしまう。 とにかく金融庁へ保険会社の法令軽視や違反可能性に関する情報提供しても基本的にはどのように活用されているとか、活用結果については通報者には連絡はされないことになっているようなので真相は全く分からない。 「金融機関とのトラブルをかかえている利用者の皆様へ」との金融庁のパンフレットには、
Q4.各業界団体が金融ADR機関となっていますが、業者にとって有利な和解案が提示されるのではないですか?
A4.紛争の解決は、金融分野に見識のある弁護士等の中立・公正な専門家(紛争解決委員)が行います。また、金融ADR機関に対し、行政庁が指定・監督を行っており、金融ADR機関の中立性・公正性の確保を図っています。
と明確に述べられている。 A4の回答が言葉だけの不誠実な回答でないことを願っている。金融庁には金融ADR機関に対する監督責任があるのだ。
早くスキーができるように体力回復したい。今はとても無理。八方尾根の標高差1000mのダウンヒル、もう無理だろう。
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2504 15/01/30
(金)
気遣い

 昨年からプロの声楽家による声楽アンサンブルに参加させていただき、毎月介護施設などで慈善演奏会に出演している。先日の練習時、メンバーの一人がシューベルトの歌曲集のCDを出した。私も含め他のメンバーにそのCDをプレゼントされようとしていた。 恐らくCD制作にはそれなりのコストもかかり、売り上げも少ないだろうと思い、プレゼントとはいえ、販売価格分の代金を渡そうとした。 メンバーは受け取ろうとしなかったが、無理やり受け取っていただいた。 帰宅後、果たして無理やり代金を渡す行為が良かったのか疑問に思えてきた。 無理やりお金を受け取っていただいたため、他のプレゼントを受けたメンバーもお金を払わざるを得ない状況、あるいは、単に受け取るだけである種の気まずい思いがあったかもしれない。 またプレゼンターにとっては私がお金を渡したことで精神的に何か負担を負わせる結果になったかもしれない。
 後日、知人にこのことを話した。 知人によるとこういった場合、まずプレゼントを素直に受け取り、更にもう1枚有料で頒布していただくというのがスマートな対応だったろうとのこと。 確かにそうだと思う。 自分の未熟さを痛感した出来事だった。 未だに学ぶべきことは多い。
 
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2503 15/01/14
(水)
国債保有者

 日銀の資金循環統計によれば2014年9月末の国債等発行残高は1015兆円で、所有比率1位は日銀で233兆円(22.9%)、2位は保険197兆円(19.4%)だ。最近は日銀が大量に国債を買い込んでいるようなので、少し以前は恐らく保険業界が1位だったと推測される。つい最近まで保険業界は日本国という会社の筆頭株主に相当していたものと思われる。
 何故、このようなことを調べたのか? 2011年、2013年の私が受けた肺癌手術について某保険会社と手術給付金の査定額が異なる件について、もう2年近く某保険会社と紛争中だからだ。同じ手術を受け支給額が異なるのは約款の曖昧さと不適切な募集資材により錯誤させられたと保険会社に申し出ている。 保険会社は約款解釈問題と捉えられるのを回避しようと詭弁を繰り返すばかり。 現状の裁判官がかかえる事案の多さや巨大な資金力を有する保険会社と裁判で戦うのは資金面、時間面で個人的にはとても無理。 政府が利用を推奨している指定紛争解決機関たる生保協会の裁定審査会に申し出たが、ここも申立内容とは異なるでっち上げ事案に仕立て上げとんでもない裁定を行い、私の保険会社に対する苦情は封じられてしまった。 金融庁、政治家等とも相談したが、なかなか思うようには進まない。 ネットで国会議事録等も調べた。 どうも政・官・業・学で問題がありそうな臭いを感じる。 審議会などの議事録では保険会社の募集資材の分かりやすさを求める議論はよく行われているが消費者団体等から提起された医療技術の進歩に伴う約款改定の必要性については問題提起だけで殆ど議論されていないようだ。 本来ならば約款は保険会社と契約者の認識が一致できるよう極力厳密に定義すべきものと私は思っている。 ただ、そうすれば約款を理解するのはとても困難になる。 それ故約款以外の募集資材ではできる限り分かりやすく説明すべきと考える。 保険業界は約款改定作業の努力が足らず曖昧な約款のままにしているきらいがあるように思える。 生保協会裁定審査会の公表されている事案を調査した。 非常に怪しい。原則裁定事案は公表することになっているが、公開されていない事案も散見される。 私も裁定審査会に申立てたが(事案25-123)未だに公開されていない。 申立内容と無関係な裁定が行われたため公表できないのだろうと推測している。 政府が利用を推奨している金融ADR制度の成り立ちや、法整備状況等も調べると疑惑が多く浮かび上がる。 指定紛争解決機関には法的にも中立・公正が求められているにも係わらず、少なくとも生保業界においては守られているか疑わしい。 生保業界の裁定審査会は契約者にとってはガス抜き機関、保険会社にとって保険業界擁護組織と化していると思われる。 調べれば調べるほど政・官・業・学のいかがわしさが浮かび上がってくる。 日本国の筆頭株主であり契約者から巧みにかき集めた200兆円以上の運用資金を元に生保業界は各界に多大な影響力を及ぼしていると思わざるを得ない。 政治資金の流れなどを綿密に調べ上げれば面白い結果がでてくるであろうと思っている。 とにかく200兆円の資金力による生保業界の横暴ぶりは脅威だ。 
 
廃棄処分? 野菜高騰のおり散歩道で見かけた畑の白菜。
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2502 15/01/10
(土)
2015年

 年齢を重ねるにつれ時が流れる速度がますます加速しているように感じる。 2011年、東日本大震災や肺癌手術を経験して早くも4年も経過しようとしている。 面白くない仕事をしなければならないときは時間経過は遅く感じたり、楽しいことに夢中になっているときは時間が経つのはとても早く感じた。 今は仕事もせず、趣味に生きており、殆ど毎日が休日だ。 時間をもてあますのではと昔は勝手に想像していたが、自分に残された時間の短さを更に感じ取り、毎日がとても充実した生活を送っているつもりだ。 自分の人生の終わりをある程度意識せざるを得ない状況に追いやられると自分に残された時間をいかに有意義に使おうかと深刻にではないが色々と考える。 最近は生活習慣も劇的に改善し、かなり模範的な生活を送っていると思う。 「晴美の独り言」も書かなければと思いつつも時間がなくてどちらかというと執筆の優先度は低くなりがちだ。 2011年、2013年2回の肺癌手術、2014年胃癌手術と自分自身の5年生存率は単純計算ではかなり低くなってしまうが、何とかこれまで生き延びることができた。 自分に残された時間はとても貴重だと思う。若いときからそうなのだが、私にとって一番大事なものは富や名声ではなく自分に与えられた時間なのだ。 今は若いときのように将来に対して目標としてイメージできるような夢を抱いてはいないが、いかに健康寿命を持続させ、自分自身の人生をより楽しく有意義にするかということを考え続けている。 あわよくばギネス認定ほどの長寿を全うしたいとも思っている。
 
冬景色の散歩道
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2501 14/12/25
(木)
骨折

 先日の転倒事故による左胸上部などの痛みがなかなか治まらず心配になったので近くの整形外科に行った。左胸上部と右足膝周辺のX線撮影をして、診察していただいた。結果、左胸上部には骨折やヒビが入っている形跡はないとのこと。 痛みは多分筋肉痛だろうとのこと。 この痛みはベッドで上半身をよじったときのみかなり痛む。 未だにこの痛みが和らいだという実感がないので少し心配だ。 右膝、事故以来痛みも和らいできて、少し痛みを我慢すれば殆ど普通に階段を登れる程度に回復してきていたので余り気にかけていなかったが、膝小僧、いわゆる「お皿」が骨折しているとのこと。X線画像を見ると1cm程度素人でも判別できる程度の骨折だ。 処置としてギブスを作成ししばらく不便な生活をしなければならないことになった。 治るのには3ヶ月程度要するそうだ。 医師によるとしばらくは「あなたは怪我人です。健常人と同じ生活は無理。生活はかなり不便になるでしょう・・・」、「お風呂? 湯船に浸かると膝を曲げることになる。よくないよ。シャワーがいいよ」、「うっ? シャワーだと寒い? シャワーでも20分も浴び続けると温まるよ」と面白そうに説明して下さる。 覚悟は決まった。 足が自由に使えない身体障害者等の気持ちが少しは理解できるチャンスと現実を受け入れた。 常にプラス思考なのだ。
 右膝を曲げられない生活無茶苦茶不便だ。 整形外科には原付バイクで行ったのだが、帰りは右足にはギブスが当てられ、左側から原付バイクには乗れなかった。右足が曲げられないため通せないのだ。右側からバイクに乗り、右足を前方に伸ばしたままやや危険な運転姿勢で帰宅。 右膝が曲げづらい。 便座に座るときもとても不便だ。次に起き上がるときも難しい。 ズボンが無茶苦茶履きにくい。 スカートならば楽なのだろうがもう持っていない。 夜、入浴。ギブスを外した。 シャワーでは物足りない。 なるべく膝を曲げないようにして湯船に入る。 寒いときはやはり湯船に入って温まりたい。 入浴後、自分でギブスをつける。 就寝中は全く問題ない。いや、夜間トイレタイムが少し不便になった。ギブスは包帯で固定するのだが、固定の仕方が拙いのか日常家事などをして動き回ると下にずり落ちてくる。徐々にギブスによる固定効果が弱くなってくる。あ〜、困ったものだ。明日、また整形外科に通う。 今年最後の診察になるらしい。 「膝を曲げない生活なんて無理」と医師に訴えようと思う。
 
議員会館
先日某国会議員と打ち合わせのため訪問しました。中はまるで超高級ホテル。とてもお金のかかっている建物でした。
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2500 14/12/22
(月)
親切な日本人

 冷たい雨が降る中、某市民会館へベートーベン第9の練習に出かけた。明日は本番、マエストロ指導、初めてのオケ合わせということもあり、しぶしぶ出かけた。駅から徒歩で市民会館まで歩く。やっと市民会館の駐車場に到着。冷たい雨が降り、夕方でかつ眼鏡が曇ってよく見えない。駐車場周辺は段差があり、注意深く歩く。段差をおりてすぐにドサッと何かにつまずいて転倒してしまう。雨が降りしきる中、駐車場のアスファルトに寝転がってしまう。痛くて起き上がることができない。 どうやら駐車場の車止めに足をとられたようだ。すぐに近くの親切な人々が駆けつけて下さり、介助して下さった。 私を抱きかかえながら市民ホールの事務室にまで連れて下さった。周囲の人々の親切に感謝感激。事務室で応急処置を受ける。左右の手、両膝から出血。消毒しながらバンドエイドを7,8箇所していただく。 しばらく休憩してから第9の練習会場に向かう。客席の段差を下りながらステージに向かうのがつらい。右足に力を入れるととても痛い。階段の上り下りがとても不便になった。
 練習が終わり徒歩で駅に向かう。まだ雨が降っている。曇った眼鏡越しに何やら前方で突然歩道から車道に倒れるのを見かけた。近づくと泥酔者らしき人物が車道に寝そべっていた。車が頻繁に走っておりとても危険だ。接近してくる車に合図し、徐行を促す。雨の中、泥酔者を歩道に戻す。とても重い。やっとのことで車道から退避させた。泥酔者はまだ状況が理解できない雰囲気。このまま放置しているとまた車道に横たわりかねない。夜、雨で視界が悪くとても危険だ。車が止まってくれた。恐らくカーナビ情報を元に警察に保護していただくよう連絡してくれているのだろう。止まってくれた車に以降は任せ私は帰路についた。
 翌日、第9本番会場に向かう中、昨晩の現場を見た。特に何も無かったので泥酔者は無事保護されたのだろう。
 私が身動きできない状況になり助けて下さった人たち、泥酔者を救った私、日本人って本当に優しいと再度実感した。日本人として生まれたことをとても嬉しく誇らしくも思っている。
 第9演奏会は大成功。気持ちよく歌えた。転倒したのは土曜日の夕方、現在月曜日の夕方。いまだに右足に体重がかかるとかなり痛い。普通に階段を上り下りできない。それと左肋骨付近が痛い。ベッドから這い出すときなど特に痛い。経験上、左胸骨か肋骨の骨折、あるいはヒビが入っているかもしれない。1ヶ月位は我慢しなければならないと思う。
 それにしても2011年の東日本大震災以降、病気や事故など毎年痛い目に遭っている。2011年8月、肺癌で右肺下葉切除、2012年ソウル旅行中に転倒、かなり出血、2013年春肺癌で左肺下葉切除、2013年秋バイク転倒事故で骨折を含む全治1ヶ月程度、2014年春胃癌手術、2014年冬転倒事故。 ちょっと怖くなるが、今後の生活態度を改善するよう示唆されているのかもしれないと一応前向きに考えている。
 
危険な車止め。右の段差は知っていたが、ここに車止めがあることは知らなかった。また暗くて眼鏡も曇り車止めを視認することはできなかった。
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2499 14/10/01
(水)
防犯カメラ

 昔、新宿歌舞伎町に防犯カメラが初めて設置されたとき、プライバシー侵害の危惧があるという理由で設置反対を叫ぶ人達がいた。 現在は防犯カメラや監視カメラがいたるところに設置されている。 繁華街、駐車場、道路・・・、実に多くの人々が知らぬ間に画像として記録されている。 今や街を歩く人すべてスマホなどを利用して撮影記録し、モザイクもかけず、ネット上で公開されていることも多いだろう。 ちなみに当ホームページでは見知らぬ方が含まれる画像をネットにアップする場合、モザイクをかけて人物特定できないよう極力配慮してる。 タクシーに乗っても防犯のためか画像が記録されている。 今のところ、こういった記録された画像などに関してプライバシー侵害等と騒ぎになった話しは記憶にない。
 あるお店で万引き被害にあった店主が防犯カメラに記録された犯人に対し、インターネット経由で警告していることが話題になっていた。 モザイク入りで公開しているのだが、期限内に犯人が万引き商品を返却しなければモザイクを外して公開するというのだ。 これに対し、一部識者は恐喝罪に抵触する可能性を指摘していた。 この識者の見解には個人的には疑問に感じる。 明らかな証拠がある場合には、犯罪者に対しては社会全体で制裁を加え、犯罪抑止につなげていただきたいと思う。 最近は防犯カメラなどが犯人検挙に有効活用され、恐らく犯罪抑止力にも強く貢献しているのだろうと思う。 識者の危惧は理解できるが、それよりも画像公開で得る利益の方が断然高いと思う。 現状を大きく改善するであろう効果が予想されるような現状変更を一抹の不安を殊更強調して、変更を拒む人々は個人的には好きになれない。 「とにかく、やってみなはれ」が私は好きだ。
 防犯カメラに戻る。 画像等の記録に関しては益々発展するだろうと思う。 高解像度になり、記録期間も長くなり、顔認証技術もより確実になる。 各記録装置ごとのネットワークも構築され、犯罪者の足跡も明らかになり犯罪捜査などには大きく貢献することだろう。 人間が介在せず機械が犯人を追跡するというのも間近であろうと思う。 勿論これが犯罪抑止力になり、より安全な社会になると思う。 膨大な記録装置により、我々のプライバシーまで記録される可能性は極めて高くなるとは思うが、プライバシー侵害事件に繋がるとは思えない。
 
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2498 14/09/30
(火)
横断歩道

 いつも歩く散歩コースには信号機の無い横断歩道が2つある。 この横断歩道を渡ることに楽しみを見出している。 横断歩道に踏み入れる前にまず右側の安全確認を行う。 自動車が近づいていているときが面白い。 自動車運転手の技量が推測できるからだ。 横断歩道を渡るとき自動車に急ブレーキを踏ませるような近距離の場合、勿論横断歩道には踏み入れない。 軽くアクセルを離す程度の減速ならば踏み入れる。 このとき自動車の運転手を観察するのが楽しい。 都心部では余り気が付かなかったが、郊外では多くの高齢者運転手は注意力散漫で技量的にも未熟な場合が多く危険だ。 走行速度は遅いのだが、横断歩道に気づいていないとか脇見しているドライバーも多い。 私が横断歩道に踏み入れたのに気づき減速すべきかどうか判断に迷っている運転手も中にはいる。 後続車が車間距離を余り開けていないときは確かに減速すべきかどうか躊躇するだろうと思う。 運転手が後方確認をしているかどうかも私は観察する。 大型バスなどの職業運転手はさすがに安全運転を心がけているようだ。 特に大型2種免許所持者とか大型トレーラーの運転手は注意深くかつ歩行者のような弱者に思いやる運転を心がけている割合が高いようだ。 右側に注意しながら横断歩道を渡り続ける。 安全を確認して左側を確認する。 左側から走行してくる自動車は殆ど安全に私を横断させてくれるような優しい運転をしてくれる。 とはいえ、ときたま横断歩道上の歩行者に気づかぬまま突っ込んでくる車がいるので注意しなければならない。
 横断歩道を渡るのが恐ろしいと考えている高齢者の方も多いようだ。 十分安全に渡れるのに遠くに近づいてくる車が見えると通過するまで横断歩道の手前で長い時間待っている。 高齢者の気持ちとか身体的能力も少しは理解できるが、余りにも車に譲歩していると、運転手のマナーは悪くなるばかりと思う。 歩行者よりも車優先と勘違いする不届き運転手も増えてくるのだろうと思う。
 ちなみに道路交通法第38条で横断歩道を通り過ぎるときの車の運転方法が定められている。 横断歩道を渡ろうとする歩行者等がいる場合は横断歩道手前の停止線で停車できるような速度で走行しなければならないと定められているのだ。 どれだけの運転手がこのルールをご存知なのかと疑問に思う。 もっと弱者に優しい運転を心がけて欲しい。
 
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2497 14/08/10
(日)
異常気象

 台風11号関連の報道番組を見ていたときだった。何となく「ゴ〜」とか「ザ〜」という音が聞こえて来た。普段は殆ど外部の音は室内では聞こえないのだが、このときは聞こえた。ベランダに出てみた。ものすごい豪雨だった。直接雨に濡れはしないが、流れてくる水煙を浴びてしまう。恐らく50〜100mm/時程度の雨量だと思う。
 室内に戻りインターネットで気象庁の雨雲レーダーのページを見る。強烈な雨雲が自宅近辺を通過中だった。豪雨の被害に遭われた方には申し訳ないが、実際豪雨の時間は短かった。10分程度だったと思う。もうお終いという感じだった。豪雨から30分後には晴れ間も見えてきた。
 便利な世の中になったものだと思う。雨雲レーダーはスマホでも参照することができ、身近な天気予報が個人で判断できそうだ。技術の進歩は凄まじい。
 ここ数年「観測史上初めて・・・」という表現をよく聞く。最近の異常気象、多分地球温暖化と関係があると個人的には思っている。二酸化炭素等による温室効果も影響しているのだと思う。昔、アラスカ旅行したとき、氷河の先端部が年々後退しているのを目の当たりにして、地球温暖化を実感した。北極海の氷が減少し、グリーンランドの氷も徐々に融解しているようだ。個人的には北極海の海水も含め深層海流自体が暖かくなり、この海流の影響で海面温度の上昇と地域的ばらつきが大きくなり異常気象の原因のひとつになっているのではと思っている。
 二酸化炭素排出量と異常気象の因果関係は必ずしも解明されているとは言えないと思うが、地球の地質学的研究では温室効果により大規模な気候変動が起こり生物絶滅の危機が過去何回かあったそうだ。現在の日本ではすべての原発が稼動停止し、替わりに化石燃料が大量に消費されて、莫大な量の二酸化炭素等が大気中に排出されている。原発も怖いが、原発による発電と、化石燃料による発電を比べると人的被害と、経済的被害は化石燃料大量消費による影響の方がはるかに大きいと思う。再生可能エネルギーが低コストで安定的に供給できる確実な見通しが立たないならば、早く原発再稼動し、低価格の電気料金、原発技術等の輸出により地球規模的な二酸化炭素排出抑制を実現していただきたいと思う。
 
気象庁 高解像度降水ナウキャスト
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2496 14/07/09
(水)
集団的自衛権

 集団的自衛権の行使容認が閣議決定され一段落した感じだ。いまだに先日の閣議決定に対し中国や韓国と共にA、M新聞系の報道機関は与党対決姿勢を鮮明にしている報道が多いようだ。
 世論調査で「行使容認に賛成ですか?」といったような設問に対し、「よく分からない」という回答が多いようだ。この設問に対してはとても違和感を感じている。まず設問の内容。一般に情報量の少ない大衆に対しては問いかけ方により、任意のアンケート結果を導きやすいものだ。特に平和ボケした日本人にとって国際問題や、安全保障問題などスケールの大きな問題に対しては、日頃から余り関心を示さず、かつ考えもしていないため、よく分からないというのが本音だろうと思う。
 「よく分からない」というのも当然だろうと思う。A,,M新聞社系の報道振りは「まず、とにかく政権に反対」という姿勢が露骨すぎると思う。ニュース・ワイドショーなどでのコメンテーターの意見などアホらしくなってくることが多い。
 安全保障問題は難しいと思う。それ故、報道機関はもっと大きな観点から大衆に分かりやすく説明すべきと思う。与えられた情報を垂れ流すだけではなく自ら情報を集め整理して自社意見として分かりやすく報道していただきたい。政府与党も本来は大きな観点から説明したがっていたと思うが、周囲が、そのような説明を求めない。観念論、感情論、方法論、悲観論・・・などとても前向きな質疑内容とは思えない。
 報道機関は自社の方針もあるだろうが、もう少し大きな視野で情報収集/整理し一般大衆に理解されるよう努力していただきたいと思う。まっ、21世紀に入って以来、ジャーナリズムの劣化は益々ひどくなっているような感じがする。
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2495 14/07/08
(火)
号泣釈明会見報道

 もう、うんざりだ。朝、テレビのニュースワイド番組でいまだに1週間前のN県会議員の号泣して訳の分からぬことを口走っている映像が放映されていた。あの号泣会見の映像初めて見たときにはあっけにとられていた。またあの議員の議員としての資質を自分なりに疑わざるを得なかった。この映像、世界中に配信されたらしい。日本人としてとても恥ずかしい。一番恥ずかしい思いをしたのはあの県会議員に投票した選挙民ではないかと思う。
 何回も流される恥ずかしい映像を見ながら、もし自分があの県会議員と同じ立場になったらばと考えてみた。初当選、何もかも分からない。支給される公金の処理の仕方も分からない。政務調査費や事務費の処理方法、議員仲間の噂話や慣習を自分なりに判断してあんなめちゃくちゃな経理処理をしていたのかもしれない、と少しは同情する余地もあるかもしれないと思う。
 マスコミ特にテレビ関係者はあのN議員に対しては容赦しなかった。恐らくN議員の会見時の報道陣を敵視したような態度がマスコミの反発を食らったのかもしれない。しかしながらテレビのN議員に対する報道は少し下品にも思える。もうN議員は議員生命を絶たれたも同然だろうと思う。N議員の公金の使い方などについてマスコミが追求するとか、政治資金の使い道について個人ではなく社会全体として考えるべき問題としてマスコミが突っ込むのはよい事だと思うが、あの号泣しているシーンを殊更強調して放映するのはN議員のこれからの生活自体をも脅かすことになるのではないかと思う。N議員にとってはこうまでも繰り返しあの恥ずかしい号泣シーンを放映されたならば自殺したくなるような心境ではなかろうかと思う。そろそろマスコミはN議員に対する個人的な追及からもう少し視野の広い問題へと切り替えて欲しく思う。
 ホント、朝からあの恥ずかしい号泣シーンを見せられると気持ちが暗くなってしまう。
 
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